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 明治時代、駒場農学校に招かれたドイツ人教師オスカー・ケルネル=写真、東京大学...
 明治時代、駒場農学校に招かれたドイツ人教師オスカー・ケルネル=写真、東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部提供=の名を冠した田んぼが、目黒区立駒場野公園にある。その名も「ケルネル田圃(たんぼ)」。ここで行われた土壌やイネの肥料の研究が日本の近代農業の礎となった。今は、農学校をルーツに持つ筑波大附属駒場中高(筑駒、世田谷区)の生徒たちが水田実習に取り組んでいる。
駒場野公園のケルネル田圃で水田実習を行った筑波大附属駒場の生徒たち=いずれも目黒区で

駒場野公園のケルネル田圃で水田実習を行った筑波大附属駒場の生徒たち=いずれも目黒区で

 京王井の頭線駒場東大前駅から線路沿いの道を西に向かって徒歩三分。まもなく駒場野公園が見えてくる。北側から入って、すぐ左手に広がるのが、日本近代農学発祥記念の地「ケルネル田圃」だ。
 農学校は一八七八(明治十一)年、現在の東大駒場キャンパスや駒場野公園などにまたがる広大な敷地に開校。目黒区のホームページによると、欧米の農作物を試植する農場や家畜病院、植物園を備えた農業の総合教育研究所のような場所だった。その一角にあったのが、この水田。農芸化学の教師として着任したケルネルが、土壌や肥料の研究に役立てたという。
水田のすぐ近くを京王井の頭線の電車が走っていく

水田のすぐ近くを京王井の頭線の電車が走っていく

 百年以上を経て、伝統は筑駒の生徒に受け継がれている。同校によると、毎年中高それぞれの一年生全員が、田植え、稲刈りなどの実習や、社会、理科、技術などの授業で農業を多角的に学ぶ。多い年で約三百キロも収穫できるというもち米は、卒業式・入学式に赤飯にしてふるまわれる。
 九月二日午後、記者も現地を訪ねた。約千七百平方メートルの谷津田で、まだ青い稲穂が小雨にぬれていた。筑駒の中高生の水田委員ら約五十人が、足袋をはいて水田に入っていった。片手には竹の棒。この日は、スズメから稲穂を守る防鳥テープを張り巡らせた。水田にいたカマキリを肩に乗せる生徒、水田の植物を観察する生徒。水田はあらゆる関心にこたえてくれる。
泥をかき出す作業

泥をかき出す作業

 水田委員長を務める中学一年の久保田悠介さん(12)は「筑駒に入学したら水田委員になりたかった。井の頭線の列車から稲が育っていく様子を見られるのは楽しいです」と話す。
 筑駒の前身で、農学校にルーツを持つ東京農業教育専門学校附属中が開校し今年で七十六年目。以来続いた水田実習も、コロナ禍では窮地に立たされた。学校は渋谷からわずか二駅。登校の頻度を限りなく減らすため、二〇二〇年の一学期はほとんどオンライン授業になり、種まきや代かきは教員が代行。田植えでは初めて機械を導入するなどして乗り切った。
 一方、現在の土壌は、過去の大改修から四十年近く経過し、水はけなどが悪化。この二年間は農家による田起こしや代かきもできず、雑草の除去や有機物のすき込みなどが十分に行えなかったという。
収穫したもち米を使用した赤飯=筑波大附属駒場中高提供

収穫したもち米を使用した赤飯=筑波大附属駒場中高提供

 学校は今夏、ケルネル田圃を改修し、後世に残すためにクラウドファンディングを実施。政府のコロナ対策分科会の尾身茂会長も卒業生で、「田植え、稲刈りは都会育ちの私にとり、大変貴重な経験で今でも鮮明に記憶に残っています」とサイトに応援メッセージを寄せた。すると、卒業生や在校生の保護者らから寄付が寄せられ、目標額を大幅に上回る四千二百万円が集まった。今年の収穫が終われば改修を行う予定だ。
 水田実習を担当する渡邉(わたなべ)隆昌教諭は「日本初の農学研究機関として知られている駒場農学校時代から考えると百四十五年近い歴史があり、文化的意義も高い。しかしそれ以上に、この地で学んだ生徒にとって思い出の存在なのは間違いないようです」と話した。
 文・山下葉月/写真・市川和宏
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